稀勢の里

稀勢の里は、兵庫県芦屋市生まれ、茨城県牛久市出身、鳴戸部屋所属の現役大相撲力士です。小学校4年生から野球をやっていたが、相撲が好きで小学校2年生頃からよくテレビで観戦していた。野球の才能も高く、中学3年の時には強豪校からの勧誘もあった。入門にあたっては難色を示す両親や中学の先生を、鳴戸親方が熱心に説得し、実現した。稀勢の里と言う四股名は、「稀な勢いで駆け上がる」という意味を込めて師匠が提案、本人も納得してつけられた。低迷する日本人力士の希望として親方衆やファンの期待は大きく、関取昇進以前から将来の飛躍を確実視されていた。稀勢の里はその素質への高い期待に応えるように、中卒で入門した力士としては極めて早い出世を重ねる。稀勢の里はそのペースを上回る勢いで出世し追いついてきた琴欧州とは、幕下から十両時代にかけて良きライバル関係を築く。十両昇進は貴乃花に次ぐ年少2番目の記録、新入幕も貴乃花に次ぐ年少2番目の記録で番付を駆け上がったが、入幕直後は苦戦が続き、土俵際で粘られてたまたま足が出て勝った相撲や体格に任せて無理矢理倒す相撲、相手の叩きにつけ込んだ相撲が多く、土俵際の逆転を頻繁に許すなど詰めの甘さも目立つところがある。

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朝青龍 稀勢の里

朝青龍 稀勢の里に負け黒星! 大相撲初場所2日目大相撲初場所2日目でした。モンゴルでサッカーをしていて処分後初めての場所となる両国国技館での初場所。新聞各社の扱いは小さかったものの、稀勢の里と朝青龍とは因縁対決です。仕切りでも両者にらみ合いを続け、いやが上でも盛り上がってました。結果は 稀勢の里が朝青龍を下し勝利しました。場所前の調整は順調に見えた朝青龍も、経験不足と勘が戻っていないような印象すら与えました。闘志みなぎる朝青龍でしたが、ブランクを感じてしまうのは仕方がないのでは?人一倍 横綱としてのプライドは 高いと言われる朝青龍ですが、「まあ、負けですよ。あしたはあした」と明日以降の勝負が気になります。1月場所は 東京国技館で行われており初場所2日目で、こんなに盛り上がる事は珍しいようです。強い朝青龍が見たいのか、負けた朝青龍が見たいのかよく分かりませんが、朝青龍が稀勢の里に負けた瞬間座布団が宙に舞っていました。ちなみに相撲で座布団が投げられるのは昔、羽織を投げていた名残で羽織を持ち主の所に返しに行くと引換えにご祝儀をもらえていたと言う昔の風習が現在は座布団投げに変わっているようです

稀勢の里 ブログ

稀勢の里のブログをあれこれ見てみましたが、相撲にあまり詳しくない私でも色々なブログを見させてもらって稀勢の里のことがよくわかりました。特にこんなブログがとても気にいりました。朝青龍と白鵬が優勝を独占している今の土俵で、ナンバー3にもっとも近い力士は稀勢の里で間違いないと思います。しかし一気に飛躍できない状況はもどかしくもあります。ブログで、琴奨菊戦にどんな相撲を見せるか注目すると書きましたが重心が突っ込んだ立合いの仕切りと、かいなを返されて寄り切られた展開は予想通りのものとなってしまいました。両手を着いて待つ仕切りが悪いというのではありませんが、誰にでもあてはまるものでは無いでしょう。確かに、かつての双葉山や貴乃花は両手をきちんと着いても、見事に腰が割れた立合いをしていました。それが重量級でパワーが売りの稀勢の里も同様かというと、ちょっと違うと思います。腰を割って相手を睨みつけ、相手が手を下ろす呼吸を見計らって "ドン" とぶつかる立合いが、もっともパワーを生かせるはずです。 稀勢の里のファンになりつつある私ですが、ブログなどを通して見るとより相撲の事が知りたくなりました。

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